現在編


「母の死」

 97年5月〜98年1月

【97年5月某日】
  最近やせてきたので母の住むマンション近くの医院で検査を受ける。
 往診を行うなど地域医療では有名な先生。触診で胃に「何かがある」との
 診断。

【97年6月】
・某日  医院の紹介で県立病院で精密検査。胃癌の診断。真っ先に本人に
    告知。

・17日  検査。ベッドが空いたので、18日入院。

・19日  主治医から説明。「癌は胃全体に広がっていて進行性。全摘しか
    ない。膵臓と周囲のリンパ節も切除。胆石も同時に切除する。厳し
    い大手術になる」との説明。予想以上に悪いことを知る。

・21〜22日  外泊許可、自宅へ。

・24日  本人とともに主治医から手術の説明を受ける。
    胃の全摘はショックだったと思うが、母は「よろしくお願いします」
    と頭を下げる。

・25日  9時から手術。妹2人、姪1人、友人らが励ますなか、手術室へ。
    10時すぎ、看護婦が呼びにくる。嫌な予感。手術着姿の主治医が
    「開いてみたら手がつけられないほど、癌細胞が広がっている。
    強行すると命にかかわるので、何もしないで閉める」と。余命は
    2ヵ月。手術がスタートして、すぐ呼ばれているので妹たちには
    隠せない。

・26日  相部屋の患者さんが「早かったね」と余計なことを言ってくれる。
    ドキっとする。本人は「胃は全部取った」「明日からご飯が食べ
    られる」と矛盾していることを気づかずに言う。心理戦始まるの感。

・27日  本人には「胃は全部取らなくてよかった」と説明。隣のベッド
    の患者さんが自分の手術した胆石を見せ「あなたのは?」と、ま
    たまたドキッとすることを聞いてくれる。

【97年7月】
・16日  「できるだけ、家族と一緒に」との主治医の意向で退院。

・19日  見舞う。3時間ほど話し込む。2週間に1回、手術した主治医
    の診察。2日に1回の割合で近所の医院へ。健康な者なら、どう
    ということのない距離だが「1回目の今日はシンドかった」と母。
    辞去するさい「元気になったら晩御飯一緒に食べよう」と言われ、
    なんとも言えない気持ちに。同居して毎日、顔を見る妹は、もっ
    とつらいことだろう。

【97年8月】
・10日  「久しぶりにパーマにいったので疲れた」という。何歳になっ
    ても「女なんだなあ」と感ずる。

・27日  再入院。腹部に水もたまっているらしい。医者の予告は当たら
    ずとも遠からずだったのか。しかし、短期間で退院。

【97年9月】
・29日  長女が米国から帰国。長い間、内緒にしていたが「おばあちゃ
    んに一目会いにおいで」と言ったための帰国だった。12日、再び
    米国へUターン。

【97年11月】
・8日  3度目の入院。今回は本人が希望しての入院。医者も「もう家
    には戻れないでしょう」と。

【97年12月】
・22日  ついに吐血。血圧(上)が60へと急降下。医者の指示で兄弟
    全員が病院に。しかし、危機を脱し、小康状態に。

・26日  個室への引越しを要請される。「相談」とはいえ、これは最後
    通諜であろう。本人は「こんな部屋に入っていたら、お金がなく
    なる」と心配。

・30日  家からバッグを持って来させる。何をするのかと思ったら、現
    金や商品券類の勘定を始める。「バッグの中の場所が違っている」
    とポツリ。

【97年1月】
・2日  越年。点滴の針を腕には刺せない状態。点滴を中止。舌が回ら
    ず、意識も朦朧としている模様。

・5日  朝から酸素吸入。「傾眠」状態に。

・6日  この日から夜も泊り込む。6日、7日、8日。日に日に悪くな
    るのがわかる。こちらの体力も限界。

・9日  午後5時8分、眠るように。

【後記】

 余命2ヵ月と宣告されて6ヵ月余。本人は「治る」と信じ、一生懸命食
べようとした、あの頑張り。生命力には頭が下がる。痛みをほとんど訴え
なかったことも幸いだった。また、看護婦さんの献身的な仕事ぶりには心
からお礼を申し上げたい。

 一方で、癌と死と医療について、いろいろ考えさせられた半年でもあっ
た。最近は癌を告知するケースが多いと聞く。しかし、77歳の高齢者に家
族への相談もなく、いきなり告知したのには、驚いた。

 さらに、あれだけの検査をして、「開いてみたら手をつけられない」な
んてことがあるのか。医師は神様ではない、ということはわかっている。
しかし、77歳という高齢を考えると、他に選択肢がなかったのか。患者に
すべて情報開示されてしまうので、我々家族には選択枝はほとんどなかっ
た。あったとすれば「人工呼吸をすると、あばら骨を折り傷めるだけ。ど
うですか?」と判断を求められたことくらいではなかったか。

 実は、もうひとつ割り切れないことがあった。主治医に4回も現金を渡
していたという。受け取った方ばかりを責められないが、患者は助からな
いことがハッキリしている、77歳の年金生活者。医師は地方公務員のはず。
こんなことは恐らく常識なのだろう。それでも、こんな良からぬ習慣が現
実にまかり通っていることに、何とも言えない思いを持った。

告知マニュアル   98.1

 パソコン通信に、この日記をアップしたら、現職のお医者さんからコメントをいただき、 国立がんセンターの「がん告知マニュアル」のホームページの存在を知って、 さっそく、のぞいてみた。マニュアルとあることからわかるように、医師向けのマニュアルで、 冒頭に次のような記述がある。

  がん告知に関して、現在は、特にがん専門病院では「告げるか、告げないか」
 という議論をする段階ではもはやなく「如何に事実を伝え、その後どのように
 患者に対応し援助していくか」という告知の質を考えていく時期にきていると
 いえる。

 このマニュアルの第1版は平成8年1月に作成されており、少なくとも国立がんセンターでは、随分前から 告知は当たり前という対応を取っていることがよくわかった。
 ではこれで、がんの告知問題をすべてくくれるかというと、そんなに単純なものではなかろう。マニュアルの 冒頭にも「事実をありのままに話すという名目のもとに、ただ機械的に病名を告げることへの批判も一方で 高まっている」とある。
 マニュアルの詳細はリンク先のホームページを読んでいただきたいが、このマニュアルを忠実に実行するのは 、大変な作業だろうというのが素人の私の感想だ。マニュアルは「人間関係や信頼関係が形成されていく中で 告知をする姿勢が大切である」としているが、外来で入院前に告知された母の場合、こんな基本姿勢とは 無縁であったはずだ。告知の場に立ち会っていなかったのが残念だが、はたして機械的ではなかったのか。 そんな思いを振り切れない。

http://wwwinfo.ncc.go.jp/NCC-CIS/pro/info/other/0sj/kokuchi.html


脳腫瘍の脳外科医 98.2

 「自分が脳腫瘍(しゅよう)になって初めて気がついた。患者さんがどんなことに苦痛を感じているのか。 病院の医療が、いかに医療サイドの都合で決められているか・・・」
 これは、98年2月1日付けの神戸新聞が紹介した「末期がんの脳外科医の手記」という記事の書き出しである。 著者は昭和大助教授(脳神経外科)の岩田隆信さん(50)。昨年1月に悪性の脳腫瘍を発病し、3度の手術で右脳の 大部分を切除。左半身に麻痺が残り、リハビリを続けている。
 手記で岩田さんは「脳腫瘍が怖い。治療がつらい。そして、死ぬことが怖い」と記しているが、2回目の 手術のときに感じたのは「患者はどんな病気であっても大丈夫だよという言葉を聞きたいもの。医者の何気ない 一言やしぐさで、患者の心がどれほど揺らぐか」ということだったという。
 そして、延々と続く検査にも「めったにない側頭葉の血腫のデータを取るチャンスではあるが、患者としての 私が感じたのは逆だった」と、疑問を投げかけている。そして「医療を志す人は、優しさを持って欲しい」と。
 手記は「医者が末期がん患者になって分かったこと」。1日出版された。

【注】全文引用は著作権の関係で不可能なので、部分引用にとどめ、 コメントも避けています。


医の倫理

【ミニコミ神戸新聞 美方・香住版 H10/2/15 より転載】

 77歳のある女性が1月初め、入院していた西宮市内の公立病院で亡くなった。胃がんで、昨年5月から入退院を繰り返していた。 6月末、大手術の予定で開腹したが、すでに手遅れだった。

 本人には「思ったより、少ししか切らずに済んだ」と説明した。しかし、納得がいかなかったのだろう。 家族らに「先生から何か、聞いていないか」と何度も尋ねた。聞かれた方は、本当のことを教えるわけにも いかず、一様に「大丈夫。心配しなくていい」と答えた。

 だが、症状は一向に良くならない。不安で、わらにもすがりたい心境だったのか。ついに、なけなしの 年金からそでの下≠用意。分かっているだけでも4回、計12万円を医者に渡した。

 どんな事情があろうと、贈る側も悪いのは、言うまでもない。「だれでもやっている」という言い訳は通用 しない。

 もちろん、受け取る側だって同じ。特にこの場合、自分で治すことは不可能と分かっているのだから、なおさら たちが悪い。積極的に要求しているのではなくとも、黙って受け取るのは、弱みにつけ込んでいるに等しい。

 冷静に考えれば、わいろで治療が左右されることはないと思う。だが、そういう慣例を知るものがいざ病気に なれば「渡さねば」という思いに駆られるのは、不思議ではない。

 情けないことに、こういう医者が「医学界では、至って常識的」という話も聞く。しかし、一般の感覚から すれば、明らかに非常識だ。高級官僚と同様、風下に立つことのない人間のおごりとも言える。 こんな腐敗した医者がどれほどいるか知らないが、肉体・精神の両面で「弱者を助ける」という職業倫理を 、いま一度問い直してもらいたい。  (な)

【注】署名の(な)は私ではありません。血気盛んな息子です。


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