現在編


36)証券会社の倒産    97.11.4

 三洋証券が会社更正法の適用を申請して、事実上倒産した。株価が1989年のピークを最後に 一向に反転する気配がないうえ、4大証券を中心にした総会屋疑惑により、一般投資家の証券離れ が加速していたといわれるだけに、来るべきものが来たとの感がする。

 思い返せば、33年前の1964年に入社した大井証券(現・和光証券)が翌年、山一証券とともに 行き詰まり、日銀特融を受けて、両社とも別会社になって再建を果たした。大井にはほんの数ヵ月しか在籍せず、 縁あって毎日新聞社に転身したが、その新聞社を繰り上げ定年退職した翌年に、またまたやってきた証券 不況。他人事とは思えない倒産である。

 30数年前に飛び込んだ証券界は「人をだませる神経がなければ生き残れないな」と思った のが、決してオーバーではない世界だった。ケネディ・ショックを機に40年不況に突入し、 初めてもらったボーナスは、たしか1ヵ月分を2分割だった。かつて羽振りのよかった先輩たちは 次々に車を手放し、証券界を去っていった。新入社員の若造は、羽振りのよさなど味わう間もなく 挫折した。

 30数年前の証券不況は簡単に言えば「前近代性」ゆえになめた辛酸であった。今回はそれを乗り越えた うえでの、もっと深刻なものだと思う。三洋と同様、依然中堅証券の域を出ない古巣の行方も気になる。 何の力にもなれないが、「頑張れ」とエールを送りたい。


37)兄と妹  97.11.8

 きのうの神戸新聞兵庫版に息子がコラムを書いていた。題材は、10月初旬に一時帰国していた妹。 本来なら全文に近い引用は御法度だが、親ばかパターンに免じて黙認してもらうことにして、ちょっと紹介。

 【地域スコープ】米国フロリダ州で暮らす妹がこのほど、一時帰国した。海の向こうでの生活はもう2年 を超え、気分はすっかりアメリカ人らしい。「道路が狭い」「家が小さい」と、半分自慢が混じったような文句を 言っていた。
 国土の割に人口が多いのだから、狭苦しいのは仕方ないし、卑下することはない。しかし、「人間性を見ても 日本人は小さい」と言われると、真剣に受け止めねばならない。
 特に気になるのが、公衆マナーの悪さだという。例えば電車の中や駅のホーム。お年寄りを見ても知らんふり、 並んでいる列に平気で割り込む。携帯電話で大声で話す・・。思い当たる節のある人も多いだろう。
 アメリカでこんなことをやらかすと、たちまちブーイングのあらしに見舞われ、恥ずかしくてその場にいられな くなるらしい。「自分の意見を堂々と主張する」という国民気質が、秩序の維持につながっているわけだ。
(以下略、和田山支局・中出真哉)

 娘にFAXを送ってやったら「自分のことを書かれると、恥ずかしいね。それにしても、お兄ちゃんも 字を書く人やねえ。何でもネタにするねえ」。


38)部数は命    97.11.15

 新聞にとって「部数は命」とよくいわれた。しかし、一方で「部数だけが命ではない」ともいう。 いずれも真理であろう。久し振りに古巣に寄ったので、最近の全国各紙の部数をチェックしてみた。 日本新聞協会、いわゆるABC部数といわれるもので、8月の数字だが、自称最大部数のYを100 とした指数にしてある。

【単位:千部】
北海道 東京 名古屋 大阪 西部
 3 60  3 25  9 100
 2 44  5 23  8  81
 1 16  2 14  7  39
 1 17  2  8  2  29
 −  8  − 11  −  19

 ここ数年、大きな地殻変動はないようだが、わが古巣のM紙は相変わらず首都圏で弱い。頑張っているのは 西部。Y,A両紙と互角といってもよい闘いぶりだ。以前から社内でも団結力の強さに定評があった西部 だけに、商売強さの秘密もこのあたりにあるのかもしれない。

 S紙は大阪一点集中で割り切っているかと思ったら、首都圏でも意外にといったら失礼だが、頑張っている。行儀が悪くて 評判の悪い拡張員氏の目から見れば「価格差」がポイントかもしれないが、それだけでない何かがあるからだ。 国際社会で中国が台湾に取って代わったさいに、日本企業が一斉に台湾から撤退したときに堂々と居座った 骨太さも、一つの要因だろう。

 この数字をじ〜っと見ているだけでも、部数以外の大切なものが見えてくるような気がするのは、 部数ではなかなか浮上できない古巣への贔屓(ひいき)かもしれないが。


39)山一の自主廃業      97.11.23

 22日、N紙が「山一證券、自主廃業へ」と報じたらしい。「らしい」というのは、現物を確認していない からだ。このコラムで三洋証券の行き詰まりを取り上げてから、わずか20日。いろいろ醜聞は伝えられてい たが、まさか4大証券の一角がこうもろくも手を上げるとは思わなかった。

 実は、9月の末、フロリダにいる娘が留学ビザ更新のため一時帰国するさい、預金残高証明が必要かもしれ ないというので、山一に預けていたささやかな退職金の一部を引き出した。「まさか」と思っていたが、妻が 「大丈夫?」と聞く声に押された一面も否定できない。

 我が家と同類の零細投資家が次々に資金を引き出したのも、同社の行き詰まりの一因だろうから、若干の 後ろめたさを感じてしまうのは、例え数ヵ月でも証券界に身を置いた「思い」からかもしれない。次々明らか になる「飛ばし」の手口を見れば、我が家のような零細投資家が罪の意識を感じる必要はないのだが、それに しても日本経済はいつ、どこから、どうして狂い始めたのか。いつも責任はあいまいになる。


40)喪中      97.12.4

 毎日、帰宅すると「喪中につき新年のご挨拶を遠慮致します」とのハガキが届いている。12月4日現在で 10通を超えた。正確に数えているわけではないが、年々増えているように思う。ほとんど親が亡くなられた ケースだが、親ではなく本人が亡くなるという、より悲しいニュースも増えてきた。それだけ、我が身が歳を とったということだろう。

 ところで、喪中というのをモノの本で調べてみたら、期間は1年。親族が亡くなった年の翌年の正月の年賀状を 失礼するのが「喪中につき」のハガキのようだ。どうも、本当に喪に服しているのか疑わしいヤカラが多いように 思えるが、人それぞれだから、他人様の喪中にクレームはつけないでおこう。

 10通というと、最近出す年賀状の約3%に当たる。これだけでも結構高い割合だと思うが、まだ年末にかけて 増えるだろう。5%はいくかもしれない。その分だけ出す年賀状が減る。今年は、購入した年賀状はまだ包装され たまま、机の下に転がっている。パソコンで文面を練り始めるのは、いつのことだろうか。例年より気合いの入り方の 少ないのが気がかりだ。  


41)会社が消える  97.12.30

 山一證券の自主廃業が決まって以来、毎日新聞ではその社員、家族などに直接会って真情を聞き、シリーズ として紹介していた。これが一段落したのだろうか。30日付の特集紙面で担当記者が思いを語っている。 私の経験でも倒産がらみの取材はつらい。上場企業だけでも安宅産業、東邦産業、山善、永大産業などの 行き詰まりに関わったが、関係者が多数おられるだけに、当時の取材ノートをまだ明らかにすることは できない。
 今回の特集でも記者は触れているが、絶対に倒産しない会社なんてない。しかし、現実に倒産した会社の 社員にとっては大抵「寝耳に水」の話である。だれだって「自分の会社がまさか」と思うのは無理もない。 毎日新聞だって一度事実上、倒産した。当時、大手信用調査機関の情報部長が「毎日さんのことを他社の 記者が取材に来るので、対応に困った」と漏らしてくれたし、裁判所の前には同業他社の記者連中が 更生法申請に備えていたという話さえあった。
 幸い別会社として生まれ変わり、看板はそのままで何とか再生したが、社員の中には、あれが倒産だった なんて未だに思っていない人がたくさんいるのではないか。たしかボーナス1ヵ月分を2分割されたとき、 ひょっとしたら路頭に迷うかなと思った。フリーとなったいま、そんな心配はなくなったが「自由と収入 は比例しない」生活。これもよしとしなければ...。


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