76) 高柳 尚くん   2003.8.2

高柳尚くん、

 このアドレスにメールを送っても、返事はこないんだろうなあ。  新聞社を辞めてから、情報には疎くなって、君の死を知ったのは、何ヵ月も経ってからでした。いま、メールソフトのアドレスを整理していて、君のアドレスを削除できずに、このメールを書いています。

 大阪の経済部で一緒に仕事をしたのは、何年間だっただろうか。北の新地でよく飲んだね。私が毎日新聞に入った昭和39年(正確には40年だけど、繰り上げ入社したので)や40年は、大量入社で同期が編集で100人くらいいた。たしか君が入社した41年は20人くらい。「我々は優秀なんです」が、飲んだときの君の口癖だったね。

 東京と大阪に分かれて、やがて君が「喉頭癌闘病記」を書き始めたころに、何度かメールのやりとりがありました。数年前から、私も声がすぐ嗄れるようになって、「ひょっとしたら」と何度か病院に行きましたが、いまのところ深刻な病の兆候はみつからないようです。

 経済部で一緒だった後輩が次々に逝ってしまいます。我が年齢を感じさせる昨今ですが、みんなの分も元気に生きて、残り人生を謳歌したいものだと思っています。ご冥福をお祈りします。


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