現在編


16)自治会と会社      97.2.12

 自称フリーライター業を始めて2年目に入った。受けている仕事はあるが、ドドッと書き始めるところまでいかず、まだ貧乏ヒマなし状態にはほど遠い。仕方ないので自宅でパソコンで遊んでいることが多い。

 自宅にいるとホントにいろんな訪問者がある。電話も多い。一番多いのは、ご近所の奥さん。現在、自治会の第3班1組組長というのを引き受けているからだが、気さくな人ばかりという事情もある。会話のパターンは「奥さんは?」「仕事ですが、自治会のことですか?」「はい、伝えてもらえます?」と決まっている。

 もっとも最近は先方も事情がわかってきたせいか、会話はスムーズになった。それにしても「ここのご主人、まだ若そうなのに(と思っているかは??だが)いつも家で何してるんだろう」と、あれこれ推理しているかもしれない。いっそ「MASA Corporation」などという看板でもあげようかとも、考えている。


18)確定申告    97.2.19

 確定申告シーズンがやってきた。定年退職して収入環境が激変してから初めての申告。17日の初日に出かけてガッポリ?返してもらう申告書を提出してきたが、妹からの申告相談には汗をかいた。

 妹は昨年まで母と一緒に奈良に住んでいたが、母名義の家を売り、西宮市のマンションに引っ越してきた。マンションは母と妹の共有。申告は売却に伴う母の免税、妹の住宅取得控除、母から妹への住宅取得贈与の3件。日曜日に半日、妹と2人で書類と格闘したが、添付書類を集めるのも、大仕事であった。本籍が私と同じ伊丹なので、まず伊丹市役所で戸籍謄本。西宮の法務局で登記簿謄本、西宮市役所で住民票、前住所の奈良・上牧町の役場で住民票除票を取得。やっと終わったと思っていたら、奈良の家の登記簿謄本が必要で、20日に大和高田(?)の法務局へ。

 いくら税金を免除してもらうためとはいえ、なぜこれだけの役所を駆け回らねばならないのか。おまけに、同じような人が多いのか、どこに行っても超満員。駆け回るほどにハラがたってきた。書類は役所から役所に移動するだけである。役所の統廃合などという見かけだけの行政改革をやる前に、こんな無用の汗を強いる仕組みを何とかして欲しいものだ。マルチメディア時代、できない相談ではないと思うのだが。


19)息子の転勤     97.2.24

 息子が3月1日付けで兵庫県朝来郡和田山町の和田山支局に転勤することになり、昨日の日曜日は妻と一緒に買い物に走りまわった。28歳にもなるのだから「放っておけ」という意識はあるが、連日日付変更線すぎまで働いているから、用意のできるはずがない。放っておくとリュック一つで赴任しかねない。「なんでヨメさん、もらっておかなかったんだ」とボヤきつつ、親バカをやる2人という構図である。

 1人だけの職場なのに、新しい名刺の肩書きは「支局長」というから、名前は恐ろしくインフレの組織である。私のいた新聞社では通信部と言っていた。引き継ぎに「自治会の同じ組10数軒にまずキッチリ挨拶すること」「組内に何かがあると、仕事を休んででも手伝わないといかん」などという項目があったそうだから、まあ田舎というべきか。しかし、都会といっても昔はこんなことは当たり前だった。独身者の息子がキリキリ舞いするのを見て、ご近所から見合い話しが殺到するかも、と冷やかしている。

 それにしても、正直言って寂しくなる。2年前に娘がアメリカに居着いてしまったから、2階は2部屋が空いてしまった。ホームステイの資料を取り寄せて、受け入れの登録をしようかと思っている。


20)続・息子の転勤     97.3.4

 2月28日の土曜日と翌3月1日の日曜日、和田山に夫婦で引っ越しの助っ人に出かけた。一人で住むにはもったいないくらい広いのはいい。しかし、とにかく古い。表の看板は立派だが、中に入ると大変。事務所の隅っこの床が腐っているらしく、足を踏み抜いて段ボール紙で補修したところがある。まず危険地帯の何ヵ所かに段ボール紙を追加した。

 次に息子がカルチャーショックを受けたのは、トイレが水洗でないこと。我々の世代にとっては昔なつかしい香りだが、現代っ子には晴天の霹靂(へきれき)だったようで、後日「どうしてる?」と聞いたら「できるだけ取材中に外ですましている」と、想像どおりのパターン。聞けば支局周辺には下水本管は来ている。が、改造工事はいつのことやらという状況らしい。

 支局の建物を一周するとプロパンガスのボンベが2本立っている。老婆心ながら「プロパンガスは絶えず点検するように。切れる前に業者に連絡しないと」とアドバイスしたところ「えっ、プロパンは切れるのか?」と言う。どうやら言葉は知っていたものの、大阪ガスや東京ガスの同類と思っていたらしい。笑いたかったが、笑いをぐっとこらえた。

 早く生活の変化に慣れて、健闘を祈るのみである。


21)会社設立     97.3.18

 以前「いつも家にいるのはカッコ悪いので会社の看板でもあげようか」と書いたことがあるが、これが現実になってしまった。くわしいことは省かせてもらうが、素人が虎の巻を片手に有限会社設立に振り回される羽目に。まさにドタバタ劇を演じた。

 会社設立とは、公証役場、法務局、銀行を回って書類と格闘すること。簡単に言うと、こういうことになる。私印と公印の区別、裏にカーボン紙を当てないとダメな書類、開いてもいない取締役会議事録など..。虎の巻に載っていても間違ったり、虎の巻のどこにも載っていないことが結構あったり、勉強になったというには、あまりにも形式的なことばかりだ。法律家の立場で言えば、当然のことだろうが。

 さて、無事に会社が設立できても、税務署、県、市、職安、社会保険事務所など、届け出義務のある役所が山ほどある。書類、書類の洪水。それぞれに登記簿謄本類がいるのだから、手数料もバカにならない。それでも毎日々々会社がたくさん誕生している。これだけ手間をかけるだけの御利益があるということだろう。


22)ストレスと肩凝り    97.4.17

 4月から学校に通い始めた。約束は「週3日」だが、ほとんど毎日出かけて後援会事務所に居候している。まだ正式の事務所ができないからだが、不思議なことに昨年来、悩んでいた肩凝りがいつの間にか、どこかに行ってしまった。

 昨年の11月ごろは、コーヒーカップを取り落としそうになるほど、痛みがひどかった。生まれて始めて近所の針灸院に通ったり、運動不足かもしれないとゴルフの打ちっぱなしに行ったりしたけれども、一向に効果はなかった。ところが、毎日外に出るようになると病気のほうから退散してしまったようなのだ。

 やはり昨年の定年退職以来、不規則な生活と「これは」という職が定まらなかったストレスが、原因だったのだろうか。因果関係はわからない。しかし、人間、規則的な生活が乱れると、身体のリズムも崩れるのは間違いない。一時は、パソコンで遊びすぎたのが原因かと思ったりもしたが、どうやらパソコンは関係がなかった模様。よかった、よかった。


23)数字でみるインターネット 97.4.21

 4月19日付けの日経新聞に「数字でみるインターネット」という特集記事があった。自分のホームページの総ページ数も正確には知らないのに、すごい推計をする人もいるものだ。

 それによると、1分間に世界中で誕生しているホームページは50ページ。昨年1年間では、延べ2700万ページ、1日当たり7万5千ページが生まれているそうだ。インターネット・ユーザーは1億人いて、これまた1分間に100人ずつ増えているという。うち女性の比率は31%で、日本は16%と世界に比べると低いものの、1年半前の4倍というから女性の進出ペースはすごい。

 ところが、インターネットにおける日本の実力はというと、ネットにつながっているコンピューターのうち、米国が62%を占めるのに対し、日本はわずか4.5%。米国に次いで2位なのだが、1ケタ違うのだから全体のスケールでは話にならない。クリントン大統領の2月の一般教書では、「インターネット」という言葉が6回登場したのに、我らが橋本総理の所信表明演説(96/11)と施政方針演説(97/1)では1回も出なかったそうだ。何が原因なのか、までは記事にはなかったが、ブームもこれからということか。


24)親と子の扶養の証明    97.4.28

 4月から新設の会社のサラリーをもらうことになったので、社会保険労務士さんのアドバイスにしたがって、古巣の健康保険からオサラバすることにした。同時に1年数カ月間、加入していた国民年金も厚生年金に切り替えることにした。

 ところが、健康保険で隣の西宮市に住んでいる母の遠隔地証発行にクレームがついた。社会保険事務所によると、母と(私の)妹、つまり母から見れば長女が同居しているのに「なぜ長女の方の保険に入れないのか」というクレームだ。

 古巣の健保で認められていたのに「いまさら」と思ったが、労務士さんの進言により申立書を書いて、昨年の確定申告書の写しまで添付した。ところが、今度は「年間150万円を母に援助していることを証明せよ」ときた。

 大体、行き来できる親子の扶養関係を書類で証明できるはずがないではないか。小遣いを渡したら領収書をもらい、夕食をともにしたら「1食○○円援助」とノートに記録するのだろうか。一緒に旅行したら「1人につき負担○万円、援助とみなす」と記録するのだろうか。

 我が兄弟姉妹は私を入れて4人。私が1人で母の面倒をみているわけではない。日常は同居している妹が何かと面倒をみてくれている。93年に父が亡くなったため、奈良の家の維持がむずかしくなって、西宮に転居。事実上は4人が母を支えている。しかし、税法上の扶養家族や健保の扶養家族は4分の1ずつというわけにはいかない。長男にというのが、いまの日本ではまだ当然のコンセンサスだと思う。

親子の情に「扶養関係を書類で証明せよ」などというイジワルはやめて欲しいものだ。


inserted by FC2 system