29)FM802       99.9.19

 車に乗るとラジオのチャンネルは自然に「FM802」になる。今年で開局満10年になるそうだが、開局前の準備室に出向していた関係で、何となくである。

 出向というと聞こえはいい。しかし、実態は押し掛けと言ったほうがいいかもしれない。たしか内本町にある大阪商工会議所8階の国際ホール横の小さな部屋。大商が主導して会社を立ち上げることになり、設立の煩雑な事務は大商から出向したAさんが切り回していた。新局の役員や幹部は毎日、日経、サンケイ、共同、郵政OBなどからの混成で、すでに水面下で駆け引きが始まっていた。そんな何となく複雑な雰囲気の中で、何をやるのかよくわからぬままに「準備室に行け」と言われて押し掛けたわけである。

 当時、1新聞社が単独でFM局を持つのは不可能だった。申請はこれはという新聞社はもちろん、TV放送局をはじめ、あらゆる業種がグループを組んで殺到して、収拾がつかない状態。それをまた一つにして1局が認可された。株主は種々雑多。アンテナ建設予定地の地主さんまで含まれていたように思う。

 押し掛けたのだから居候みたいなもので、おまけに他の新聞社からも同じような人間が押し掛けている。Aさんにとっては、まことに厄介な存在だったろう。しかし「ひょっとしたら、もう新聞社には戻れないかもしれない」と引導を渡されて押し掛けたから、何かやらねばならない。いま思うと、満足感を覚える仕事らしい仕事もせずに、数カ月後に古巣に舞い戻った。漏れ聞くところによると「放送局で新聞記者の古手は役に立たん」というのが理由だったらしい。

 舞い戻ってよかったのか、戻らなかったほうがよかったのかは、わからない。人生にはいろんな岐路があるもんだなあと、いま改めて思う。


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