23)グリコ・森永事件    99.3.18

 15年前の1984年(昭和59年)3月18日(日)夜、江崎勝久・江崎グリコ社長の誘拐をラジオで知った。 あの瞬間は「えらいこっちゃな」と思ったものの、まさか青酸入り菓子がばらまかれる、あれほどの一連の大事件に 発展するとは想像しなかった。

 社内での初動は当然社会部で、この種の事件では経済部は脇役。しかし、日を追って経済部も脇役などというノンビリした 立場でなく、まっただ中に巻き込まれていった。事件を解くカギを求めて、経済部同人も複数、日夜駆け回った。 事件はときに急転直下の様相を見せることもあったが、犯人逮捕には至らなかった。

 長引くにつれ業績への影響は避けられない。これは経済部の守備範囲になる。ちょっと記憶が定かでなくなりつつあるのだが、たしか事件後最初の決算発表が行われた5月は、大阪証券取引所内の証券記者クラブに詰めていて、幹事社だったと思う。 通常ならクラブ内の部屋を使って、5、6社が並行して流れ作業のように発表を行う。ところが、クラブに所属しない新聞社 はもちろん、テレビ各社が取材を申し込んでくる。クラブのメンバー各社でも、経済部だけではなく社会部の記者もやってくる。とても通常のパターンでは発表できないので、取引所側の好意で広い会議室を借りて実施した。決算発表だから決算発表が 第一義。いきなり事件のことなど質問されたら困るから、いつになく緊張いっぱいの発表であった。警察もピリピリと周辺を 警戒していたことだろう。

 来年2月、この世紀の大事件もすべて時効を迎えるという。


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