18)テレビ出演     98.4.15

 北浜の記者クラブには何度も出たり入ったりで、通算すると随分長期間に渡って担当した。その間、デスク陣とともに交代でMBS(毎日放送)の「証券レーダー」に出演した。

 朝、北浜に着くと、まず夕刊のための取材をして原稿を早めに出しておいて、取引場内の仮設スタジオに入る。本業の合間にテレビでしゃべって夜の飲み代が入るのだから「結構なアルバイトじゃないか」と、最初は思った。

 ところが、そんなに世の中は甘くない。スタジオから株価の動きを見ていると、ひどい日は出稿ずみの北浜場況がそのままでは使えないほど激変することがある。焦っても途中でスタジオは抜け出せない。事前に考えていたテレビでの講釈も臨機応変に変える必要がある。当番アナとの息が合わないと、もっと悲劇が待っている。

 北浜から外れてもテレビを担当していた時のこと。ある日、取材先から社に電話を入れると「どこにいる。きょうはテレビの当番じゃないか」とデスクが叫ぶ。「ありゃあ、忘れていた」とタクシーに飛び乗って北浜へ。本番1分前にスタジオに滑り込んだら、担当アナが「2日酔いなんです。おまかせ〜」なんて言う。もちろん事前取材をしていないから、冷や汗タラタラ。いまでも、あの汗を思い出す。

 こんなこともあった。北の新地を歩いていたら、ホステスさんらしい美女が「あら、中出さん」と親しそうに寄ってくる。だれだか全く記憶がない。一緒だった先輩が横でニヤニヤ。結局、この美女はテレビを見ていただけだった。いまも時々のぞく大阪駅前第1ビルの飲み屋のママさんも、テレビに出る私のファン(?)だった。

 もうテレビに出ることはないだろう。


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