15)アルバニア      97.3.18

 先日の毎日朝刊の町田特派員電によると、アルバニアに残った日本人は1人、つまり町田記者だけになったという。

 かつて彼が大阪経済部に異動してきたとき、お決まりのコースとして北浜に配置され、経済記者の基礎を勉強した。教育係は私だった。いろいろ話をしているうちに、彼のユニークさが徐々にわかってきた。奥さんはポーランド人で、学生時代モンゴル語を専攻していた彼とモンゴルで出会ったそうだ。モンゴル語を勉強したくらいだから、英語はペラペラ。仕事が終わると、我々のように飲み屋をウロウロすることなく、ロシア語の学校に通うほど語学習得に熱心だった。念願かなって、やがて外信部に異動した。

 特派員電を見るたびに、その活躍ぶりに喝采を送っていたのだが、アルバニアでの活躍にはちょっと喝采を送る心境にはなれない。ティラナからの彼の報告では、銃弾が飛び交っており、かなり危険な状態という。ロシアの特派員が「危なくなったらオレにまかせろ」と言ってくれているそうで、英語でなくロシア語でペラペラとやっているだろう彼の表情が目に浮かぶ。無事に脱出してくれることを祈りたい。

[注]22日夜のテレビで無事ウイーンに戻った町田記者の懐かしい声を聞けました。


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