11)戦後の東証ダウ    97.2.14

 久しぶりに北浜へでかけ、戦後証券市場がスタートして以来の東証ダウのグラフをもらってきた。現在は正確には日経平均というが、便宜的に東証ダウと言わせてもらう。

 4カ月で辞めた証券会社に入った年(昭和39年=1964年)は、株価買い支え機関の共同証券が発足していて、ダウは千円大台割れに向かって下げ続ける証券不況であった。しかし、翌40年7月12日の1,020円49銭を底に反転し、25年後の平成元年(1989年)12月29日に38,915円87銭の大天井をつけることになる。

 この間で一番印象に残っている出来事は、昭和62年(1987年)のブラック。マンデー。同年10月19日のニューヨーク株式は508ドル安の1738ドルと、大暴落。20日の東京市場も3836円安、下落率は14.9%で、昭和28年のスターリン暴落を上回った。この日、私はたまたま夕刊当番デスク。売り一色で気配値だけがズルズル下げたため、夕刊の株価欄は全面「横棒」で埋まり、背筋がゾーッとしたのを覚えている。

 90年代は今も尾を引くバブルの崩壊。湾岸戦争、ソ連崩壊、細川連立内閣など大事件が続き、ダウは一向に上げ一本とはならない。証券界によると、戦後の日本の株価は10年1サイクルの循環波動を描いており、現在は第6波動の上昇局面にあるそうだ。しかし、このグラフに最近の株価動向を重ね合わせてみると、とても上昇局面とは思えないのは、素人だからだろうか。


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