【阪神大震災とQSY】 1995.4
 1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部を震源として発生した阪神大震災。当時、歩いて数分の現在地に家を建築中でしたが、元の家はかなりの被害を受け、後に受けた被害認定は「半壊」でした。幸い建築中の新居は家財が入っていないため軽かったことと、基礎のつくりが耐震を考えた構造だったことから、被害を免れました。

 地震の後の数ヵ月は、まるで戦場のような日々でした。地震の日の数日後には雨の予報が出ていましたから、瓦がズレた屋根にシートをかぶせてもらうため、公衆電話で業者に電話するだけでも大変な作業でした。自宅の電話はラッシュでつながらなかったのです。外壁のひび割れに詰め物をする作業も1週間では終わりませんでした。そして、建築中の新居のケアもいろいろあって、ようやく4月に現QTHに引っ越すことができました。

 新居の周囲の地震の爪痕も相当なものでした。南側の2階建てアパートは全壊判定で撤去。北側のアパートも全壊判定で撤去。いまは南側には2軒家が建っていますが、北側は空き地のままです。

 念願のクランクアップが建ち、写真のような4エレ・トライバンダー(ナガラTA−341)が上がりました。タワーの下段に取り付けてあるGPは、50,144,430MHz用です。現在は八木はSteppIRに変わり、GPはトップに上がっています。

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