【センポ・スギハラ】

 「日本のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝氏。1940年夏。当時リトアニア 第2の都市カウナスに置かれていた日本領事館の領事代理だった彼は、ナチスに 追われポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人に、日本の通過ヴィザを 大量に発行した。本国の指示に反する行為だったが、日本を経由して第3国に渡 ることの出来たユダヤ人は6千人を超えるといわれる。

 千畝(ちうね)は読みにくかったため、センポと呼ばれたそうだが、ヴィリニ ュスにある同氏の記念碑「月光」(写真)を訪れた。それはユダヤ博物館の前に、 ひっそりと建ち、今も花が供えられていた。カウナスの旧領事館は現在、5家族 が住むアパートになっているという。

 ヴィリニュス近郊のトラカイ城を訪ねた帰途、乗り合いバスで市内へ戻ったが、 ちょうど近くの工場の退勤時だったせいか、満員。私たち3人の内の一人(女性) が強引に席を譲られ、コーラのビンに入ったウォッカ?を飲めと迫られるなど歓 待され、大騒ぎになった。英語が通じないので私はニコニコ見ていただけだった が、あとで聞いた話では「ナチスの収容所の生き残りらしい番号の入れ墨を見せ られた」そうだ。建物だけでなく、この国の人々の心の中にも、ナチス、そして 旧ソ連による傷跡が刻み込まれているのを感じた。 inserted by FC2 system