記者の目
“西独病”がうらやましい

中出眞澄記者(大阪経済部) 1981.7.1 毎日新聞より
 西ドイツのジュッセルドルフ市で開かれた第7回日独経済会議を取材したのを機会に、約10日間、ハンブルク、ケルン、フランクフルトなど各地を回って主に経済人と懇談した。“西独病”の根はどこに、と意気込んで飛んだ旅だった。なるほど、西独病の現象や証言は各所で得られた。ドイツ人自身の口から「ドイツ人は働かなくなった」との告白も聞いた。しかし、パリをへて帰国後、“日本株式会社”のモーレツぶりを目のあたりにし、「日本人の目とモノサシで西独病などと診断したり、ドイツ人は働かなくなったと批判するのは、おこがましいのではなかったか」との思いがしてならない。とくに「ドイツ人が(働きバチの)日本人になるわけにはいかない」と語ったDGB(ドイツ労働総同盟)のH・G・ウェーナー博士の言葉は印象に残る。おおらかなドイツ人に接すると“西独病”は人間性豊かなしるし、働き過ぎこそアブノーマル、そんな思いをした10日間だった。

太陽求めて南欧へ
 西ドイツに着いた日、ハンブルク空港はカンカン照りのモーレツな暑さだった。このカンカン照りにハンブルクっ子は大喜び。町を行く女性はのほとんどはノースリーブか、タンク・トップ。子どもは水着姿ではしゃいでいるし「太陽、太陽」と浮かれ出し、「仕事どころではない」−−少し大げさにいえば、そんな光景だった。東洋紡績ハンブルク駐在員事務所の松下正美さん(現在、本社技術輸出部)は「こんな好天は1年のうちに数えるほどしかないんです。去年の夏は、1週間ほどしかなかった。そこでドイツ人は毎年、太陽を求めて南欧などへ長いバケーションに出かける。西独の観光収支は大赤字になるし、欠勤も増えるが、その気持ちはこちらに来てみなくてはわかりません」。

 それはさておき、関経連訪欧使節団(団長・日向方斉関経連会長)の一行が帰国直前、フランクフルトで語ってくれた西ドイツの印象も出発前の「西独病の実態をこの目で」との意気込みとはかなり異なったものだった。

松下正治松下電器産業会長
 ドイツ人は勤労意欲が落ちたとか、共同決定が法が企業の活力をそいでいるとは思っていないことが、ハッキリした。彼らは経済の現状をかげりとは感じていない。日本側の心配しすぎではないか。本当に困ったら市場調査を懸命にやって売り込んできますよ。

阪本勇住友電気工業会長
 町はきれいだし、社会の健全性が保たれている。経済が悪化したといっても骨の髄まできていない。日本もこんな国に早くしたいものだ。

宮道大五三和銀行会長
 われわれへのゼスチャーがあるにしても、かつての自信をいまでも失っていない。

伊部恭之助住友銀行会長
 第2次石油ショックの克服について質問があるかと予想していたが、全くなかった。これは裏を返せば自信の表れだなと思いましたね。

 こんな感想を述べるようになったのはなぜだろうか。まず第一に使節団一行と接触した西独の政財界首脳で、一人として弱音をはく人がいなかったこと。例えば、会議では西ドイツ側は入れ替わり立ち替わり、日本車の対米自主規制を「自由貿易主義の精神にもとるもの」と非難した。本音は「西ドイツ向けも何とか考えてくれ」ということだろうが、決して直接的な表現は取らず自由貿易体制の維持を前面に押し出しての作戦に終始した。

日本車恐るべからず
 それだけでなく一方で、「日本車、恐るべからず」のキャンペーンさえ張っている。DGBの機関誌ウェルト・デル・アルバイトの最近号には、こんな記事が掲載されていた。

 わが国の自動車産業は日本の挑戦に平然としている。日本の自動車工業の挑戦に対しては技術・安全性の向上・ロボットの採用・修理費の低減などで堂々と対抗していく。

 なんとも堂々とした主張である。
 次に、政治体制の急変はまずないことをあげておかねばならないだろう。この点は左翼政権の誕生に揺れるフランスとは大いに違うところだ。ジュッセルドルフ日本商工会議所(津田博彦会頭)の調べによると、国会519議席のうち実に321議席(61.9%)が労組出身者。与党SPDとなると98.7%が労組員だという。労組を取り込むことで“政治の安定装置”が働き、体制を盤石なものにしているわけだ。
 ボン生活4年の吉野文六大使の西ドイツ観はハッキリしている。
「ドイツ人は、やがてまた日本のようにバイタリティーを発揮する時がくると思っているし、日本に負けない合理化と投資で対抗しようと言うのが、官民一致した考え」、確かに現在の西独には組織スラック(たわみ)ができ、非能率が忍び寄っている。しかし、それはゆとりが生んだの、環境悪化を自覚すればストックははき出せるゆとりがある、とみるわけだ。だから経済が変調をきたしても社会不安の兆しはみられない。

 そこで阪本勇住友電気工業会長が指摘するのは、ドイツ人の健全性だ。私自身、これはもう公式の場で、日常生活の中で大いに見聞した。とくに社会生活のルールの厳しさと厳しさのうちに備わったさわやかさは、日本人にはみられぬものだ。例えば車のクラクション。10日間の滞在でクラクションの鳴るのを聞いたのはほんの1、2回。それがドイツからフランスに入ったとたん、この静けさは破られた。
 また、道ですれちがう子供が「グーテンターク(こんにちは)」。タクシーの運転手も必ず「グーテンターク」そして「ビーダーゼーン(さようなら)」。汽車に乗れば、乗り合わせた人は例外なく「グーテンターク」に「ビーダーゼーン」。

人間としてどちらが
 あいさつするのは損だ、とばかりに走り回る日本人社会を思い浮かべ「日本人とドイツ人と、人間としてどちらが病気なんだろう」と考えこんでしまった。
 また包容力というか、ドイツ人の“フトコロの深さ”も相当なものだ。一例をあげると、現在、西独に滞在しているインドシナ半島のボートピープルは2万8千人。ハンブルクなどに受け入れ施設「ボーン・ハイム」を建設、国費で生活費を支給している。西独に流れ込んでくる移民対策をみても、かなり神経を使っていることが目についた。
 確かに成熟しつつある西独社会を維持するコスト(経費)が高くなりつつある。それが経済面で多少のかげりとなっている。しかし、その必要経費で「秩序」と社会的アメニティー(快適さ)が十分、保たれているのだ。
 10日間の駆け歩きで目についたドイツ観をあれこれ述べてきたが、日本で、洪水のようにあふれている西独病レポートをもとにつくったイメージはすっかり崩れてしまった。ドイツの水に浸って“ドイツびいき”になったのかもしれないが、仮に西独病を日本に当てはめた場合“日本病”などとノンビリした表現は許されないのではなかろうか。日本の場合はアッという間に瀕死の重病人になってしまうような気がする。社会的ストックがないからだ。宮道三和銀行会長の言うように本当に「いかに働きバチといわれようと、日本の生きる道は働くことしかない」のだろうか。

 

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