悩む西ドイツ−−裏と表(5)
ウェーナー博士に聞く、働きバチにならぬ

1981.6.15 毎日新聞より

 西独病の元凶ともいうべき「ドイツ人は働かなくなった」話をいくつか紹介してきたが、当のドイツの労働者に同じ質問をぶつけないのは不公平というものだろう。そこで750万人を組織するDGB(ドイツ労働総同盟)で経済政策を担当するH・G・ウェーナー博士=写真=をジュッセルドルフ市内の本部に訪ねた。「昨年、日本を訪問したとき、記念に持ち帰った」という、日本語の名札を自室ドアに掲げて歓迎してくれた博士は、今春闘の分析を手はじめに、西ドイツ経済不振の背景などを淡々と語ってくれた。しかし「日本では、西ドイツ経済の停滞の理由は、労働者が働かなくなったからだといわれている」との質問にはキッとなって「日本人がドイツ人になれないように、ドイツ人が(働き過ぎの)日本人になるわけにはいかない」と語ったのが、印象的だった。

 −−春闘について。
 博士 ひととおり終わったといってよい。しかし、交渉は難航した。経済環境が良くなかったからだ。メーンのIGメタル(金属労組)は4.9%アップに落ち着いたが、これは現在の環境に見合った数字だと考えている。しかし、われわれの立場からすれば、今年の物価上昇は5%か、これ以上とみられるので、実質賃金は低下する見込みだ。
−−現実的な戦いをやったということか。
 博士 経済の環境に沿った戦いを進めたということだ。経営者はそんなことを言わないで、頭からわれわれの要求を拒否してくるけれども。
 −−日本の経営者はよく「賃上げは生産性上昇の範囲内で」というが、ドイツの場合、生産性は急降下していると聞いている。4.9%でも大きいのでは?
 博士 生産性とGNPの伸びの関係でいえば、現在GNPが低下しても生産性はいい状態にある。例えば、今年はGNPがマイナス0.1%と見込まれているのに対し、生産性はプラス1%になる見通しだ。短期の間にこの二つは交互に追い抜き競走をやっているのだから・・・。
 −−今の経済の不振の理由は?
 博士 長期にわたる構造上の理由と、短期的な景気の問題とがある。この二つははっきり分けて考えないと、ドイツの経済は分からない。長期的な問題では、例えば世界の工業国で低下しているGNP、これは短期間に変わる性質のものではない。わが国もかつては8%成長なども経験したが、二度と期待できる数字ではない。原料不足や公害問題など各国に共通で今後も継続するだろう問題が(成長を)阻害しているからだ。
 また、生産の外国への移転も各国に共通した長期的な問題点だろう。ドイツ特有のものとしては、5年ほど前から年間約10万人のペースで増え始めた労働人口の問題がある。今後もこのペースが続く見通しで、新しく職を求める若い人に毎年10万人の新たな職場を用意していく必要がある。これは大変なことだ。
 −−日本では、最近ドイツ人が働かなくなったから、経済がおかしくなったといわれている。
 博士 欠勤率が高いのは確かだ。しかし、生産性の問題とは別だ。それに、日本人は働き過ぎではないのか。それでいて年金は少ないし、家も小さい。組合も弱いように思う。日本は後から工業を始めたのだから、ある時期にドイツを追い越すのは当たり前だ。ドイツはまだ日本より生産性は高い。われわれは、この分だけ高い賃金を請求する権利があるし、休日の増加を求めてもよい。ただ、国際競争力が落ちるのは確かだ。日本の生産性が高い高いといわれるが、それは特定の産業界、特に輸出産業に限られているのではないか。
 −−今回、あったドイツ人の経営者も「西ドイツ経済の立て直し策は、もっと働くこと」と言っていたが。
 博士 それは哲学的すぎる。われわれの考え方とは違う。よくドイツの労働者は休暇を取って旅行し外貨を使い過ぎるといわれるが、あの外貨はわれわれが過去に休暇もとらずに働いて稼いだもの。何が悪いというのか。
 −−日本観をもう少し。  博士 組合の役割も日本とは違うようだし、長い時間をかけて出来上がった社会構造の違いは大きい。世代によって違うのだろうが、日本人は犠牲的な精神を強く持っているようだ。いずれにしても、日本人はドイツ人になれないだろうし、ドイツ人は逆に日本人になるわけにはいかない。この機会に、もうひとつ強調しておきたいのは、互いにもっと大事な問題、例えばエネルギー問題などを忘れてはいけないということだ。(西独病などと言っている)日本ももっと自分の足元を見つめるべきではないか。

 インタビューの後半、博士の表情は終始厳しいものになった。そして早口になった。「働かなくなったドイツ人」との指摘は、痛いところをつかれたということなのだろう。しかし「DGBのレポートだ」と言って彼が示した書類には「貿易で日本は連邦共和国より深刻な問題を抱えている」との指摘が目に入った。「油断するな」とのご託宣に違いない。
           (中出眞澄記者)   終わり inserted by FC2 system