悩む西ドイツ−−裏と表(4)
−−ハングリー、輸出商談に迫力−−

1981.6.14 毎日新聞より

 「ことし1年間の受注は最低10件が至上命令。何が何でも獲得せよ」。これは日本企業の飛ばしている檄(げき)ではない。西ドイツの名門セメント・プラント・メーカー、ポリジウス社首脳が吐いた言葉だ。しかも、言葉だけでなく、現実に昨年からことしにかけて生じたセメント・プラント商談を次々にかっさらい「ドイツもやるではないか」と、西ドイツ駐在の日本商社マンをうならせているのだ。
 最近、西ドイツで話題になったセメント・プラント商談は、イラクからのもので、計5件。1件当たり年産100万トン、値段は300億円相当という大型商談だ。このうち3件をポリジウス社が取った。同じ西ドイツのKHD社や、フランスのクルゾ・ロワル社、米国のフラー社、それに川崎重工業、石川島播磨重工業、三菱重工業、神戸製鋼所といった日本勢を押しのけてである。同じセメント・プラントでメキシコ向けのものも西ドイツ企業によって落札されるのがほぼ間違いないといわれているが、こちらは西ドイツ同士の2社が最後まで争うという、これまでなら考えられなかった現象が起こった。
 イラク向け商談で西ドイツ勢が取ったのはセメント・プラントだけではない。イラン・イラク戦争が始まってからというもの「ダム、橋りょう、高速道路など全部で10件は取っている」という。ここ2、3年ハッスルしていた日本勢が戦争で及び腰になったところへ、西ドイツ勢が果敢に入り込んだ形だが、中東はもともと言葉、歴史の結びつきからも、また、技術指導などで蓄積した実績からみても欧州各国の市場だった。いってみれば元に戻っただけの話なのだ。しかし、それが話題にされるところに西独病の問題点がある。
 連邦統計局の調べでは、同国の海外からの工業受注は全体でもたしかに伸びている。今年3月の実績によると、前月比が10.8%増、前年同期比が11.2%増という好調ぶりだ。国内受注が前年同期比6.9%減、工業生産が堂。5%減という状況での好調だから、よけい目立つ。ペール連銀総裁が「国際収支の赤字が続く中で、最近、輸出が回復してきた。私はそう悲観的にはなっていない」と語るのも、この辺に根拠がある。
 それでは、この顕著な動きは、西ドイツ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が変わってきたせいだろうか。というと、どうもそうではなさそうだ。丸紅ドイツの水本英夫社長は「西ドイツ経済全体がハングリー(空腹)ということでしょう。裏を返して言えば、この種の商談は腹がすかなきゃ、迫力も出ないということです」と指摘する。
 もちろん、西ドイツが「優秀な技術を持ち、ファイナンス(金融の裏付け)もしっかりしている」(足立寿恵雄・丸紅取締役プラント本部長)からこそ、巻き返せるのだが、同時に昨年来のマルク安が輸出にとって有利に働いたことも忘れるわけにはいかない。昨年2月には1マルク=140円程度だった為替相場が最近では90円台。対ドルで3割安。日本勢がいくら合理化に努力しても1割以上のコスト差は避けられないというのが関係者の一致した見方である。セメント・プラントを例にとれば、過去8年ほどドル建ての受注額は変わっていないというから、日独の対決は日本側にとってつらい戦いだったといえよう。ハングリーで輸出意欲に燃えているところに、コスト安が加われば、もともと輸出立国の西ドイツのこと、鬼に金棒の条件がそろったといって過言ではない。
 だが、同国内には、このハングリーに真っ向から反対意見を述べる者もいる。「西独病、つまり働かない西ドイツはハングリーでなくなったのが原因だ」というのである。労働者の権利は過保護と思われるほど保護され、社会保障は行き届いている。これじゃハングリーじゃないという、という在留邦人も多い。
 たしかに、日本の企業社会はまだまだ西ドイツに比べ、福祉の面で不十分な点が多いだろう。しかし、その恵まれている西ドイツの方が、まじめにハングリーだと思い始めているとしたら・・・。日本の対欧州政策はさらに複雑さを増すことになりはしないだろうか。=つづく  (中出眞澄記者)

写真はジュッセルドルフ市の見本市会議場 inserted by FC2 system