悩む西ドイツ−−裏と表(3)
−−嘆く現地法人、労働意欲さっぱり−−

1981.6.13 毎日新聞より

 2月初旬、京都で開かれた関西財界セミナーの分科会の席上でのことだ。西独病がひとしきり話題になり、ケルンに子会社を持つ積水ハウスの田鍋健社長が、同国の労働事情をこきおろした。同社長は「(西ドイツは)契約社会とは聞いていたが、従業員に会社への帰属意識はなく、日本人からみると進みすぎた労働法規が労働者を過保護にしている。バカンスのことばかり考えていて、いつでも平気で長期な休む。それでいてクビでも切ろうものなら、費用は国持ちで裁判をおこされてしまう」と、苦り切った表情で語ったものだ。セミナーのあと、さらに深く聞いてみると、田鍋社長は「西独では経営者は経営者、労働者は労働者とハッキリ分かれており、経営者は強き者、労働者は弱き者との観念が法律面でも徹 底している。これは日本の比じゃない。個人が経営者を訴えるのは日常茶飯事だし、労働者同士でも仲間意識は薄く、自分の契約を有利に勝ちとろうという意識ばかりが強い」と、全くサジを投げたといった口ぶりで内情を話してくれた。
 自由経済の一方の旗頭もいまはこんな実態なのか。そこで、今回はケルンにあるセキスイ・システムバウを訪ね、現地責任者の挽本(ひきもと)正彦さんに会って実情を聞いてみた。
 同社は現在、従業員が120人。うち70人がドイツ人で、残りは同社がオランダ法人であった関係からオランダ人が中心になっている。日本人は挽本さんを含めて3人だけ。一時は日本人主導型でやっていたが、英語で商売できる商社とは違い、地元密着型の住宅販売は言葉の不自由な日本人では無理だった。
 それなら、と徐々に現地人主導型に切り替えていったところ、これがなかなか期待に応えてくれない。挽本さんは現地で一切をまかされている立場上、田鍋社長ほどにはドイツ人をこきおろしはしないが「やはりメンタリティ(考え方)が日本人とは根本的に違うのを実感した」という。日本人は上から下に権限を委譲すると、下の者はハッスルして働くのが普通。挽本さんも初めのうちは「ドイツ人もまかせればよくやってくれるんだろう」と期待して、現地人重役が部下を頭ごなしに抑えつけて使っているのを快く思っていなかった。しかし、やがて「それでなければドイツ人は働かない。そのためにも、上に立ってスミズミまで目を光らすドイツ人のいいマネジャーを探すことが経営のコツ」と気づくのだった。
 挽本さんの部屋の壁には同社が手がけている工事の綿密な工程管理グラフが張ってある。日本なら工務店制度が発達していてプレハブ住宅の建築施工を一式で引き受けてくれるため、安心してまかせられるが、西ドイツでは「本社自ら工程管理をキチンとやり、狂わないようにしないと、狂った時に下請け業者を引き止めるのは大変」なのだという。
 ある日本企業の駐在員が話していた有名な例え話だが、ドイツ人の大工さんに家の修理を頼んだら「くぎが一本足りない」と言って出かけ、帰ってきたのが3時間後。そして請求書にはちゃんと3時間分の手当も入っているのだという。だからこそ田鍋積水ハウス社長は言うのだ。「いったいドイツ人は日本人のように自己管理をしているのかね。疑うわけはないけど、あまり成績が上がらないと、いつも昼寝してるか、コーヒーでも飲んでサボっているのではないかと思いたくなる」と。
 だが、日本の現地法人でこの悩みを解決しようとすれば、答えを出すのはやはり日本人自身ということになるようだ。海外生活30年の超国際派ビジネスマン、ミノルタ・カメラ(西ドイツ)の宮林昭雄社長によると「海外で会社を成功させるには、まずレベルの高い現地人を採用するのが第一。そのために採用する日本人自身がよりハイレベルでなければならない」という。つまり、最終的には「人」だというのである。西独ミノルタは苦境に陥った名門カメラ会社、ライカを立ち直らせた実績があるだけに、その発言にも重みがあるが、このような人材が容易にみつけられなくなったところに、西独病に悩む西ドイツ経済の病根があるということなのだろう。
 ジュッセルドルフ日本商工会議所(津田博彦会頭)によると、同会議所の会員(日系企業)は200社を超え、地域外の特別会員は130社にのぼっている。ジュッセルドルフだけでも日系企業の現地人採用者は4千人を超える。宮林氏の言うように「ハイレベルの現地人に、ハイレベルの日本人」がそろえられれば申し分ないのだろうが、それは口先で語るほど簡単ではないだろう。かつて世界一のゲルマン民族との誇りを持っていたはずの彼らが自らの優秀さへの誇りを早く取り戻して欲しいものだ。   (中出眞澄記者)=つづく。

写真はケルン郊外に積水ハウスが建設した団地 inserted by FC2 system