「予測不能(あんぷれびじゅぶる)の仏経済」(下)
−−戻った振り子 統制色どこまで“復活”−−
1981.6.10 毎日新聞より

 「企業が企業として、フランスがフランスとして存在するためには、自由主義経済体制が不可欠。社会主義化されて生活水準が落ちてから文句を言っても始まらない。山内に声を大にして反対しておかないと」−−。CNPF(フランス経団連)のA・シュバリエ副会長は今月初め、日独経済会議出席のあとパリを訪れた伊部恭之助住友銀行会長に深刻な表情で、こう語った。
 パリで会った人のまくら言葉は共通して「アンプレビジブル」(予想できない)。言葉を変えれば「総選挙待ち」ということだが、今後7年間、ミッテラン氏が大統領の座にある限り、左翼政権につきもののいくつかの政策が実行されることは間違いない。社会党宣言の経済政策の項目には、先に決まった「最低賃金の引き上げ」を筆頭に「公共部門での21 万人の雇用創出」「週35時間労働制」「ダッソー、ローヌプーランなど9グループの国有化」「銀行・保険業の国有化」「高額所得税の導入・累進税率の強化」など、経済界首脳にとっては座視できない政策がズラリ。

【深刻な金融関係者】

 特に国有化政策は、左翼政権と経済界対決の目玉商品だ。CNPFブロンショ対外局次長によると「公約通り実行されると、CNPFの主要企業はほとんど国営企業になって、経団連は格好がつかなくなってしまう」。真っ先に狙われそうな銀行幹部が連日「国有化をやっても意味がない」とキャンペーンを張り、金融関係者の会合で全員深刻に考え込んでしまうテーマが国有化だ。
 パリ日本大使館の野崎経参事官の分析によると、社会党の国有化問題についての考え方は「今の私企業は資本家に毒されている。こんな資本家に任せていては、前向きの投資はしないし、リスクも負わない。それなら重要な部門は国有化して、将来を見越した冒険もする活力ある企業に育てよう」というもの。日本的な感覚と比較すると逆だ。もちろん保守側に言わせれば「これまでの国有化は独占企業ばかりだった。今後は、そうでない企業が中心になり、問題が出てくる」(CNPF商業政策委・マンドロー氏)と納得はしない。特に銀行の国有化についてシュバリエ副会長は「資金は計画的な配分方法がとられるようになり、企業の設備投資にかえって支障の出てくる恐れがある」と話している。

【大型国有化ない?】

 当然のことながら日本からの進出企業首脳の国有化に対する見方もシビアだ。丸紅フランスの副島勲社長は「例えば、ルノーは自由主義経済体制でやってきたし、国際競争に敏感だったからこそ、国有化されてもうまくいった。すべてがルノーのようにと思ったら間違いだ」と指摘、国が財政と国営企業の関係についても「現在、税金の払いは国営企業の場合、民間の20分の1に過ぎないし、逆に国営企業に流れる政府からの補助金は民間の5倍半。国有化の推進で国家財政がよくなるとは思えない」とみている。
 新政権首脳は、このあたりを意識しているのか、共産党以上にマルクス主義者といわれるジョクス工業相が「大型国有化推進政策は取らない」と発言している。

【幅広い思想の内閣】

 ただ、ここでひとつ確認しておかねばならないのは、現地進出の日本企業関係者の何人かが指摘した「新政権は左といっても日本で騒がれているような左とは少しニュアンスが違う」(近藤哲朗大和銀行パリ駐在員事務所長)ことだ。
 これには二つの方角からの見方がある。一つは、ミッテラン大統領の共産党に対する「つかず、離れず」のスタンスと、新内閣の顔ぶれ。修正資本主義者といってもよいドロール経済財政相から、マルクス主義者といわれるジョクス工業相まで幅広い思想の持ち主をそろえた内閣で「思い切ったことができるのかどうか」8副島氏)という観測だ。
 それと、もう一点は、フランス経済そのものがかなり以前から統制色を強く持っていたということだ。そのいい例が銀行。クレディ・リヨネ、パリ国立、ソシエテ・ゼネラルの3国営銀行のシェアは6割とも7割5分ともいわれる。それに、フランス政府通貨当局者の説明によれば「残りの銀行も事実上、すでに国家介入できる根拠があり、不十分ながら実行している。シェアも少ないのだから騒ぐほどのものではない」という。
 それによると、第二次大戦後の1945年12月2日に成立した法律では「政府から私立銀行に委員長が送り込め、役員会決定を拒否できる権限を持つ」と言い、これまでは人を送り込んでも拒否権は発動しなかったというのが真相だそうだ。
 他の業種でも大なり小なり同じ傾向で、それがフランス経済の特徴でもあった。前のバール内閣はむしろ、こうした統制経済からの脱皮を基本的には目指していたといわれる。今回の左翼政権の誕生で振り子は逆に戻った。経済界の心配は「初体験の心配」というよりも「知っているがゆえの心配」なのだ。  (中出眞澄記者) (終わり)

写真は日本企業が入るパリ市内のビル inserted by FC2 system