「予測不能(あんぷれびじぶる)の仏経済」(上)
−−110の不安 膨大な負担増、だれに−−
1981.6.9 毎日新聞より

 24年ぶりの左翼政権誕生で、群衆の興奮さめやらぬパリに入り、最初に聞いた言葉は「アンプレビジブル」(予想できない)だった。変化手は実現したが、今後のフランス経済がどこに行くのか、フランス人自身にも予測できないのだ。当面のカギを握るのは14,21両日に予定される総選挙の結果だろう。しかし、その先にも不透明材料はあまりにも多い。駆け足で見た不安に揺れるフランス経済の実情を報告しよう。        (中出眞澄記者 写真も)

 ミッテランで新政権の誕生に“暴落”でこたえたパリ証券取引所=写真=は、オペラ座前のカトル・セプタンブル(9月4日)通りを東に10分ほど歩いたところにある。取引所の西隣には道一つへだてて、ナポレオン金貨をはじめフランス人の好きな金の延べ板専門に取引する業者が気ズラリと軒を連ねる。金持ちのパリっ子が毎日「朝は株、昼からは金を」と、目の色を聞くかえて右往左往する街だ。

【金持ちは戦々恐々】

 最近、この界わいに二つウワサが飛びかった。一つは「新政権は近く最高額紙幣の500フラン札(約2万円)を回収するらしい」。もう一つは「金は無記名で保有できなくなるらしい」というもの。
 ミッテラン登場で、金持ち族の頭をよぎったのは財産“あぶりだし”への恐怖。高額紙幣の回収は第二次大戦後に一度実施され、一定期間内に届け出なかったフランは無効になるという政策に金持ち族が泣いた。そして、二つ目のウワサは、財産保全の最良策として金塊に信頼を寄せるフランス人の息の根を止めるものだ。
 もちろん、この種のウワサは政変時につきもののたわいないものともいえようが、実は新政権の経済政策が具体的にどう実行されるのか、サッパリわからないことが、ウワサに尾しひれをつける結果を招いている。フランス経済界の総本山・フランス経団連(CNPF)のP・ブロンショ対外局次長は「社会党の公約には何でも反対というわけではない。しかし困るのは、具体的に何をどう実行するのかが、ボヤッとしていてわからないことだ」とボヤく。

【明快な答え返らず】

 いったいフランス経済政策当局はどう考えているのか−−中央銀行当局者にアタックしたが、明快な答えは何も返ってこなかった。フランス銀行広報担当のJ・デフレチエ氏に「フランス経済の行方知る」をテーマに、インタビューを申し込むと、答えは「ノン危機的」。「フランス銀行はナポレオン時代(18世紀)にできた歴史を持ち、法的にも独立しているが、フランス政府ではないので、独自の意見は言えない」というのが理由だった。だが内外から注目されているフランス経済当局者の1人として「正式にコメントできるタイミングにはない」というのが本音なのだ。
 保守派の不安は一つや二つではない。フランス社会党は今年の1月、「フランスのための110の提案」と題した宣言を位置発表したが、極端に言えば、不安は110項目にまでどんどん拡大していく不気味さを秘めている。
 現に、新政権は3日の閣議で、経済界が最も懸念を表明していた最低賃金の10%引き上げなど社会保障の強化を決めた。大統領選の対立候補の1人だったシラク・パリ市長が「この政策による負担増はいまの国家財政の半分に匹敵する3000億フラン(約12兆円)にのぼる」と叫んだシロモノだ。企業にとってコスト・アップしか招かない、こんな政策が次々に実施に移されていったら、社会党宣言に盛り込まれた「1981−2年度の経済成長は3%を実現し、経済にハズミをつけるという、はなやかな公約など実現できるはずがない、というのが財界首脳の見方だ。
 大統領選直後「経済界は新政権に背は向けない。しかし、では差しのべない」と爆弾発言を行ったCNPFのF・セイラック会長は1日、モロワ新首相に会い「企業のクビを絞めるような政策には反対」の意向を伝えたが、ブロンショ対外局次長によれば「社会保障強化費をだれが負担するのかはハッキリしていない。これが困る」のである。

【企業に二重の打撃】

 社会保障費をひねり出すため、当然のことながら高額所得税の導入は間違いないだろうし、大企業の法人税なども強化される。企業にとっては、ダブルパンチだ。  一方、新政権の対外経済政策で最も注目され、また不安視されているのが、フランの行方。通貨当局のある幹部は「わが国の外貨準備高は3600気億フラン(約15兆円)にのぼり、その3分の2が金だ。資金はたっぷりある。EMS(欧州通貨制度)離脱など考えられない」と胸を張ってみせたが、第三者の見方はクールで厳しい。 【前途暗いフランス相場】  国営銀行のひとつ、クレディ・リヨネ国際本部ジャパン・デスクの国分純一氏はミッテラン新大統領がジスカールデスタン時代と同じ熱心さでフランを支えるかどうかは疑問視されているとし「シュミットはジスカールデスタンと英語で“直”に話し合ったが、ドイツがどこまでフランを支えるのに努力するか、不透明だ」とみる。
 パリ・ジャパン・トレード・センターの加茂光司さんも「フランスはいま落ち着いているが、選挙の結果次第では、わからない」と解説。「産油国の抱えるフランが一斉に売りに出れば、相場はすぐパンク」との見方さえある。フランの行方は真っ暗闇だ。経済界も「アンプレビジブル」と言ってはおられない、総選挙までの気の重い2週間が始まった。  (つづく) inserted by FC2 system